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船舶での通学

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船舶での通学

桜の季節も終わってしまいましたね。この日記で桜が咲くころには毎日のように「桜はまだ咲かない」というような文章を書いていたのも、もうけっこう前のことのように感じます。僕がこれほどまでに桜を好きになったのは、一つのきっかけがあるのです。

僕が高校に入学したのは1991年。北九州市にある八幡高校という学校に通っていました。新日鐵八幡製鉄所で有名なあの八幡です。この高校は変わった形をしていて、校舎を真上から見ると五角形に見えるつくりになっているのです。高校入試のときに初めてこの学校を訪れたのですが、そんな不思議な形をしているためどこに目的の教室があるのかわからなかった記憶があります。その高校に入学する日のこと、体育館で入学式を終え、教室でオリエンテーションが行われました。入学初日なんてたいしてやることもないので、オリエンテーションが終わるとみんな下校となりました。ゲタ箱で靴を履き、五角形の校舎の中庭に出た瞬間、突風が吹いてきたのです。そのとき、中庭に咲いていた桜がふわぁーっと花を散らせて、目の前を横切っていったのです。この光景がすごく印象的で、今でも桜を見ると高校の入学式を思い出してしまうぐらい脳裏に焼きついているのですよ。高校に入学してすぐという、浮かれた精神状態もあって、すごくキレイに見えたのですよね。

ところが!実際に高校生活が始まると、いろんなことが明らかになってきたのです。そもそもうちの高校は地域の中で2番目のレベルの学校だったのですが、そういう学校の常として地域トップの学校に少しでも追いつこうと、何かと締め付けが厳しくなるのです。例えば課外授業。朝の7:30ごろから授業が始まるんですよね。しかも強制的に。そして勉強面で劣る分、せめて規律や体力という面で地域トップになりたいと思うのか、やたらと校則が厳しかったりするのです。そんな極めつけは寒稽古。真冬のオニのように寒い日の早朝、全員学校に集められ、寒風吹きすさぶ中マラソンやら何やらをやらされるのです。

校則が厳しいというのはうっとおしいものでしたが、それよりも何よりも大変だったのが朝が異様に早いこと。僕のうちから高校まで片道1時間半ぐらいかかるのです。ということは、7:30から始まる授業に出席するためには6:00に家を出なければならないのですよ。ということは5:30ごろに起きなきゃいけないわけです。高校時代、ほぼ毎日こんな時間に起きていたんですよ。

東京や大阪なんかの大都市だと交通機関が発達してるから、もしかしたら同じ距離でももっと早く移動できるんだと思うのですが、北九州市はJRと路面電車とバスぐらいしか移動手段がないのです。しかもガンなことに、僕の通学経路では学校に行くために「船」に乗らなきゃいけないのです。いや、別に離島に住んでて、学校が本土にあるというような場所じゃないんですよ。北九州市は真ん中に洞海湾という大きな湾があってですね、僕は半島の先っぽの方に住んでいて、高校は湾を渡った反対側にあったのです。陸伝いに移動することはできるのですが、それだと果てしなく遠回りすることになってしまうので、湾をショートカットすることができる船で移動していたのです。

というわけで、僕の通学手段は自宅から「自転車」で船の渡場まで移動し、「船」で湾を渡り、「バス」で高校の近くまで移動していたのです。そして最後のダメ押しなのですが、高校がなぜか急坂を上った丘の上にあるので、最寄りのバス停から15分ぐらい坂を上らなきゃいけないのです。そんなわけで、距離的にはそんなに離れていないのに、通学に1時間半もかかっていたのです。

今日の写真は、前述の「船」に乗るための渡場を撮影したものです。奥に見えているのが船です。正確には「若戸渡船」といいます。これでもれっきとした北九州市営の交通機関なんです。高校時代、この船の運賃は片道20円でした。ちなみに子ども料金は10円。定期券は3ヵ月で700円。ビックリする値段でしょ。当時は確か日本で一番運賃が安い公共交通機関だったと思います。でも「行政改革」や「行政のスリム化」などがさけばれる昨今、さすがにそんな値段ではやっていけなくなったのか、今ではだいぶ値上げされているらしいです。

何といっても船なので、波が高いときはすごく揺れます。船を降りるとき、たまに船と桟橋の間が離れているときがあって、波が一瞬吹き上がったりすることがあるのです。その波が学生服のズボンにかかることもあり、これが一応は海水なので、乾くとズボンに白っぽいシミが残るのですよ。そんな交通機関に悩まされた高校3年間でした。でも今になって考えてみたら、すごく貴重な経験だったと思います。そもそも通学で「船」を使う人なんて日本全国でもかなり少数派でしょうからね。今でも実家に帰省したときは毎回この船に乗ります。そうすると、つらく厳しい面もあったけど、実は意外と楽しい日々を過ごせていた高校時代を思い出します。

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